RNAの配列が有害になる?
本記事は #今年読んだ一番好きな論文2018 の最終日、12月25日の記事です。メリークリスマス!

紹介する論文は Codon usage influences fitness through RNA toxicity というものです。日本語で言うなら、「コドンの使用のされかたが、RNA毒性を通じてfitness(適応度)に影響を与える」という論文ですね。

忙しい人のためのまとめ

  • さまざまなパターンの同義置換を入れたGFP遺伝子を用意してベクターで大腸菌に入れたら、その中に増殖しづらいものがあった
  • GFPの132塩基程度の領域が原因だと絞り込んだ
  • SD配列を消したり開始コドンをなくしても変化がなかった
  • 転写のターミネーターを入れると増殖が回復した
  • GC contentやコドン使用の最適化とは関係がなかった
  • よって、翻訳や転写効率とは無関係に、未知のメカニズムでmRNAが悪さをしていると考えられる

基礎知識

このセクションは生物学になじみがない方を対象としています。

そもそも転写とか翻訳とか何のこと?

読者のみなさまには説明するまでもないこととは思いますが、生物においては、DNAに記録された情報が、ほぼ同様の情報を持つmRNAに書き写されるプロセス:「転写/transcription」が生じ、そのmRNAの情報を元に「翻訳/translation」によってタンパク質が作られます。これは基礎の基礎ですが、ポイントなのは次の二点です。
  • 変なタンパク質を作ると有害なのはよく知られている(プリオンを考えてもらえればわかりやすいと思います)
  • DNA/mRNAの配列しだいで、そこからタンパク質を作るまでのプロセスの効率が左右される

GFPは有名な下村博士によって発見された蛍光タンパク質です。今回の実験では、このGFPを大腸菌のゲノムに導入し、それを発現(DNAから転写・翻訳によってGFPタンパク質を作らせる)ということをしています。

変異が入るとはどういうこと? 同義置換と非同義置換

さて、単にGFPを入れているわけではなくて、何種類も変異の入ったGFPを入れているのがこの実験のポイントです。特にキモなのは同義置換を入れているということです。

同義置換とは、コードされるアミノ酸が変わらないような塩基の置換のことです。アルファベットの大文字と小文字を区別しない世界を想像してください。そこではASCIIコードの0x41 (A)と0x61 (a)は同義置換になります。対して、0x41と0x42 (B)のような置換は非同義置換です。

今回の研究では、同義置換を入れたGFPをたくさん作っていますから、できあがったGFPのアミノ酸の並びはすべて同一であるわけです。なのに、一部のバリエーションのGFPは有害になる。不思議な現象だと思いませんか?

大きな話:分子進化の中立説

その昔、日本に木村資生という偉大な生物学者がいました。
Q「キリンの首はどうして長いの?」
  • 進化を理解していない人「がんばって首を伸ばそうとしてきたから」
  • ダーウィン主義者「獲得形質は遺伝しないからそんなバカなことはない。まず首の長い個体がたまたま生じて、次に自然選択の働きでそいつらが繁栄したからだ」
  • 木村資生「いやいや、ただの偶然だけで十分」
(※実際には主として分子(DNAの塩基配列)レベルの進化の話です)

この考え方がどれだけ衝撃的だかおわかりいただけるでしょうか? 自然選択がすなわち進化の駆動力であるという選択万能主義が席巻していたところに、「進化は偶然だ」と言ってのけたわけです。正確には、有利な変異や不利な変異が存在し、自然選択によって有利な形質が残ることは認めた上で、大多数のDNAの塩基レベルの変異は有利でも不利でもないという主張です。そして、その「中立な」変異が確率的に「たまたま」集団に定着することで進化が生じていくということです。中立説についてもっと詳しい説明はこのあたりのページなどにあります。また木村資生『生物進化を考える』や斎藤成也『ダーウィン入門』も参照ください。

中立説が正しいかどうかについてはすっかり決着がついたわけではありません。白黒つけられるものでなはなくて程度の問題ですし、ケースバイケースで答えは異なってくるとみられています。ただ、少なくとも、DNAの同義置換は比較的中立(まるっきり中立というわけでもないものの)と考えられています。

具体的に同義置換が中立でなくなるケースとしては
  • コドン頻度がtRNAの濃度と合ったり合わなかったりして翻訳効率が変わる
  • 立体構造でも翻訳効率が変わったりする
  • miRNAに結合して分解されてしまうことがあったりする
といった原因が挙げられます。でも裏を返せば、そういう場合でなければまあ中立だと考えていいということでもあるわけです。

そこで今回の論文につながってきます。「ただただ同義置換をいろいろ入れてみただけで、奇妙なことに大腸菌の増殖ペースに大きく影響した」というのが内容です。いったいどんな現象でしょうか?