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iPadOSのポインタのあたらしさ──ヒトの行為とディスプレイ上の映像との連動の歴史からの考察 

画面上のオブジェクトを選択する役目を担うポインタは,ヒトの行為と連動するミニマルな映像として機能しており,映像のミニマルセルフだと言える.そこで本発表は,まず,ポインタの歴史をヒトの行為と映像との連動として振り返り,次に,現時点で最新のポインタである「iPadOSのポインタ」に実装された二つの機能「適応精度」と「磁性」から,ヒトとコンピュータとが曖昧に組み合わされて生まれるあらたな感覚を提示する. 

ポインタは,アイヴァン・サザランドの「スケッチパッド」で画面に向けられたライトペンのペン先を示す「十字」として現れた.ダグラス・エンゲルバートのチームが発明したマウスと連動する画面上に表示されたポインタは,単なる「点」から始まり「上向きの矢印」へと形を変えた.アラン・ケイらのグループはAltoを開発し,ポイティングデバイスとしてマウスを採用した.このとき,ポインタは「斜めに傾く矢印」となるとともに,画面上で遂行される行為に応じて形を変えるものになった.その後,AppleがMacintoshを発売し,マウスと「斜めに傾く矢印」のポインタとの組み合わせが一般化していった. 

2007年にiPhoneを発表する際に,スティーブ・ジョブズは「指」を「最高のポインティングデバイス」としてインターフェイスに導入した.その結果,ポインタが画面から消えた.指でディスプレイに触れるなかで,インターフェイスデザインのトレンドはスキュモーフィズムからディスプレイ特有の質感を追求したフラットデザインへと変化していった.この流れにおいて,Googleは物理世界のモノの挙動を取り入れたマテリアルデザインを提案し,Appleはアニメーションを効果的に使い,ヒトの行為と映像とをなめらかにつなぐFluid Interfaceを提示する.タッチ型インターフェイスでは,ポインタがディスプレイから消える代わりに,画面上のオブジェクトが単に選択される対象ではなく,指の動きとなめらかに連動し,ヒトの行為との一体感を強調する存在になったのである. 

2020年にAppleは「Design for the iPadOS pointer」で,マウスやトラックパッドに連動した「矢印」のポインタとタッチ型インターフェイスの指とを融合させたポインタを提案した.その結果, iPadOSのポインタは「円形」となり,あらたに実装された「適応精度」によって自在に形を変えつつ,「磁性」によって画面上のオブジェクトに吸着するようになった.「適応精度」と「磁性」は,コンピュータがヒトの行為の意図を予測したかのようにポインタの動きを画面に描写し,「データのオブジェクトに触れている」としか言えない錯覚をつくりだす.ここでは,ポインタという映像のミニマルセルフを動かしているのが,ヒトの意図なのか,コンピュータの予測なのかが曖昧になっている.iPadOSのポインタは行為遂行のために必要な意図・予測の主体を曖昧にしながら,ヒトの行為と映像とを連動させて,「画面上のオブジェクトに触れる」という錯覚をあらたな感覚として生みだすのである.