世界を表現する
 この記事はTDU CPSLab Advent Calendar 2021 - Adventarの22日目の記事です。

 大遅刻!スミマセン。

 就活で何枚かESを書いていく中で思ったことを、覚えているうちに明文化しておこうと筆を取りました。

 趣味兼ポートフォリオ用開発も進めていたのですが、年末のドタバタ(主にコミケと就活)で年内に出せそうにないので、自分語りポエムでお茶を濁します(外に出す予定はなかったけど書きたかったネタなのもあり)。



 僕がやりたいことは、「世界を表現する」ことだ。軸に、クリエイティブな仕事ができるか。を据えた。 クリエイティブな仕事は0から1を創り出す。開発も例外でなく、世界の一端を創り出す。表現を行う際、主にプランを考案するものと実際に手を動かすものが存在すると思う。その中でも、僕は手を動かすものを選択したいと思う。世界を表現するには、考えるだけでなく具現化が必要だからだ。そのため、表現者であるデザイナー・エンジニア(プログラマ)の2職種で就活を行っている。ただ、形にこだわりはない。自分が一員にとなって働きかけることがしたいのだと思う。

 どんな仕事がしたいかを考えたとき、やはり自分のアイデア・考えを表現できる仕事がしたいのだと考えた。
 クリエイティブを広義に捉えて、僕の過去を振り返ってみようと思う。どっちつかずといえばそれまでだが、クリエイティブにおいては決して深くはないが広く経験を重ねてきた自信がある。

 小学生のときには、クラスの友人と一緒にマンガを描いた。FAIRY TAILに影響された、ファンタジー冒険ものだったと思う。自由帳の5~6ページが一つのまとまりで、10冊くらいは描いていた気がする。ちゃっかり今の同人誌1冊ちょっと分くらいはボリュームがあることになる。
 この頃にはもう何かを創って誰かに見てもらう楽しみに目覚めていた。一介の小学生の実力なぞたかが知れているが、先生や友達に見せて「すげー」とか、「いいね」とか、感想を言ってもらう快感に酔っていたのだと思う。ただ、より良いものを創りたいという向上心は大きく、今後も何かを創り続けようという気持ちでいた。

 中学生のときには、ライトノベルに熱中していたこともあり、小説家になろうというサイトで連載したり短編小説を投稿したりしていた。ラノベ作家デビューを(あわよくば高額な賞金の獲得を)夢見て、ギリギリ一冊分に到達する量の文章を書き、何回か応募した記憶がある。当時は紙で募集していたところも多く、数十枚の紙をプリンタにかけ、吐き出される紙を眺めていた。
 今思うと迷惑な話だが、一緒に創作する仲間が欲しく、友人を誘いまくっていた記憶がある。熱い勧誘に押されいくつか短編を書いてくれたりしたが、さすがになにか違ったようだった。ほんとにゴメン。しかし約1名並走してくれていたと思う。彼とは違う高校になってしまったが、元気にしているだろうか。

 高校生のときが一番控えめだったかもしれない。厨二病から一旦目覚め、現実を見始めていた。
 クリエイティブで生きていくには才能が必要で、社会に受け入れてもらえるまで必死に耐え続けなければならない。そんな風に思い、難化していく勉強に必死に食らいついていた。
 とはいえクリエイティブを諦めきることはできず、なにかの機会に創作は続けていた。
 大きなもので言えば、文化祭で行われる演劇の脚本を担当したことだろう。このとき一人ではなく、複数人で担当していたので、初めての共同製作だった。また、実行委員との話し合いで、フィードバックをもらってその部分を書き直したりと、非常に大きな経験だった。
 友人が立ち上げた文学同好会にも所属し、ここではリレー小説やテーマ小説などを書いたりした。一緒に何かを創る友人がいて、お話を創り上げていくのはやはり良いものだと実感した。

 大学生になってから一転、改めてイラストやマンガを描くようになる。使えるお金が増え、ペンタブを購入することができたからだ。
 また、漫画研究会にも入り、ここで同人界隈に足を突っ込むことになった。既に同人誌発行経験のある友人に頼まれ、即売会での売り子を経験したことがきっかけとなった。ブースの設営をして本を並べて、開場すればただひたすらお金を受け取って本を差し出していくのだが、それが非常に楽しかった。中には、声を掛けてくれる人もいて(もちろん自分宛では無いのだが)、創ったものに対して評価をもらうってこういうことか~と思った。
 良くも悪くも近い距離感で創作をすることに魅力を感じた。数カ月後、自分も同人誌を発行することになった。
 一冊目から売れることはないと界隈ではよく言われている。僕もその例にもれなかった。しかし、数カ月に渡ってネタを考え、ペンタブに向き合った成果が一冊の本になっているものを見ると感慨深いものがあった。当時、前述の友人と通話しながら原稿を作成していたのだが、これに関しても非常に充実した時間であったと記憶している。アイデアを形にすることに楽しさを見出した僕は、これをきっかけに定期的に同人誌を発行するようになった。

 現在では、もうすぐ二桁にせまるまでの同人誌を発行してきた。イラスト集やマンガなど、内容は本ごとに異なるが、大学の勉強をする傍らでコンスタントに続けた。ジャンルは二次創作に移行したものの、創り上げるという点に置いては変わらず熱意をもって取り組んでいるつもりだ。

 結論としては、いままでも何らかの形で創作をしてきたので、これからも続けていきたいと思っている。
 大きく他人に影響したい。あの日の自分がそうだったように、アウトプットで他人を触発したい。そして、こんな風に変わってきた僕のように、いい方向に誰かの人生に作用できたら良いと思う。改めて言語化すると小っ恥ずかしいけれど今までも根底にあったのはこんな考えだと思う。少なくともいまはそう思っている。

 いまではオタク趣味は広く受け入れられるようになったけど、もっといろんな人が創られた世界を楽しめるようになれればいいなと思っている。

 このように、何らかの形で考えを具体化し、他人に作用していくことを、「世界を表現する」としたい。

 そして、僕は今後もクリエイティブに携わり世界を表現し続けていきたいと思っている。