🏄‍♂️共有のためのインフラストラクチャー

領域名：インターネット

タイトル：共有のためのインフラストラクチャー

執筆者：水野勝仁

【理論編】

あらゆる情報を共有していく

　インターネットは「ネットワークのネットワークです」という説明をするよりも，みなさんが使っているGoogleの検索や，TwitterやInstagramでのテキストや画像のコミュニケーションを可能にしているインフラストラクチャーといったほうがわかりやすいかもしれません．「インフラストラクチャー」というのは，水道やガス，電気といった生命活動に必須のものを私たちに届けてくれる公共施設です．だから，私たちは毎日インターネットを介して，そして，インターネットをほとんど意識することなく，メッセージを交換したり，画像をアップしたり，映像を見たり，買い物をしたりできるのです．このテキストでは，私たちと密接な関わりを持つようになったインターネットを「共有」というキーワードで考えていきます．

　インターネットのはじまりは学術研究でした．インターネットの原型と呼ばれているARPANET（アーパネット）はアメリカの4つの大学を結ぶものとして，1969年に生まれました．その後，1989年に商用ネットワークに接続されて，現在に至ります．学術研究から商業的にも活用されるようになったインターネットには，一つの大きな特徴があります．「日本のインターネットの父」と呼ばれている村井純はインターネットを次のように説明しています．

インターネットとは，「世界中のすべてのコンピュータをつなぐコンピュータ・ネットワーク」だというのが，いちばん簡単な理解だと思います．ところで，一般にコンピュータは人間が使うものですから，コンピュータを使う人はすべてインターネットを介して情報や知識などを共有したり，交換したりできてしまうことになります（村井純　1995，p.2）．

　ここで重要なのは「インターネットを介して情報や知識などを共有したり，交換したりできてしまうこと」です．ここでインターネットが学術研究から生まれたことを思い出してください．学術研究というのは知識を共有をしながら，あたらしい知識を生み出していく作業です．学術研究には「巨人の肩の上に立つ」という言葉があります．その意味は「先人の積み重ねた発見に基づいて何かを発見する」というものです．学術研究の世界では，時代をまたいで，そして同時代で知識を共有しながら，あたらしい発見や解釈を生み出してきました．だらこそ，研究者たちには知識の共有をより簡単に行いたいという想いがあり，この想いからインターネットは生まれたのです．では，なぜインターネットは知識の共有に適しているのでしょうか．それはインターネットが扱うのが「デジタル情報」だからです．村井は「デジタル情報」の特徴を次のように書きます．

デジタル情報は１と０の並びですから，正確にコピーすることができます．コピーをしても劣化しません．たとえ劣化しても，簡単な数学の原理で，その劣化をすぐ発見でき，修復することもできます．また，デジタル情報は，コンピュータで高速に処理し，加工することができます（村井純　1995，p.5）．

　デジタル情報はコピーしても劣化しないのです．正確に何度でもコピーできるからこそ，あらゆる情報をいろいろな場所にコピーすることができます，世界のいたるところに正確なコピーができるということが知識の共有につながるのです．村井はさらに次のように書きます．

このような特徴は，デジタル情報が，コミュニケーションや，情報の共有，交換にきわめて適していることを示しています．インターネットは，このデジタル情報の特徴により，知識や情報を世界中で自由に交換，共有するためのインフラストラクチャーなのです．これは人間のいとなみにとても大きな影響をおよぼすのです（村井純　1995，p.5）．

　村井が書くようにインターネットは「知識や情報を世界中で自由に交換，共有するためのインフラストラクチャー」なのです．これはとても重要なことです．インターネットは知識を共有するための学術研究からはじまりましたが，共有する情報は知識だけに限りません．インターネットはデジタル情報となったテキスト，画像，映像といったあらゆるものを共有していくのです．そして，学術的な情報だけでなく商業的な情報も共有していくようになり，気がつくと，私たちは誰もが情報を共有するようになっているのです．インターネット以前であっても，私たちは手紙からはじまり，新聞，ラジオ，テレビといったメディアを通して情報を共有してきたと言えるでしょう．しかし，これらはもともと情報を一方的に伝えるメディアであって，インターネットのように双方向的に共有していくものではありません．

　ここで情報の伝達の歴史を簡単に振り返ってみましょう．新聞は，1605年に週刊新聞，1650年に日刊紙が刊行され始めます．ラジオは新聞から300年ほどたった1920年11月2日に，アメリカ・ペンシルベニア州ピッツバーグのKDKA局による公共放送が世界初と言われています．テレビはラジオから10年も経たない1929年に英国放送協会（BBC）がテレビ実験放送を開始しました．文字から声の情報共有までは長い時間がかかりました．それに比べると，映像，そして，インターネットであらゆる情報を共有するまではあっという間だったと言えるでしょう．このペースで行くと，10年後にはVR（仮想現実）やAR（拡張現実）といった技術とインターネットとが結びついて，「体験」そのものの共有が実現されているかもしれません．

インターネットに試される私たち

　情報と知識の共有という理念のもと，インターネットに情報を載せる方法とその内容はどんどん簡略化されて，誰でもできるようになってきています．最初は「ホームページ」をつくって，そこにテキストを書く必要がありました．しかも，できるだけ多くの人にとって役に立つ情報を載せるという暗黙のルールのようなものがありました．その後，「ブログ」が現れて，ホームページをつくることなく，簡単に文章を発表・管理できる場ができました．ただブログの文章はしっかりした内容でなければならない雰囲気がありました．そこに140文字しか入力できないマイクロブログサービスとして「Twitter」が現れました．Twitterは投稿文字数を制限することによって，書く内容が大したことでなくても，インターネットに情報をあげてもいいというムードをつくりました．その結果，多くの人がインターネットにリアルタイムに自分の体験を載せるようになったのです．Twitterまでは「文字」でのコミュニケーションですが，「Instagram」が人類史上初とも言える「画像」優先のコミュニケーション方法をつくりだしました．文章を書くのは難しいと思っている人でも，スマートフォンについているカメラで目の前の風景を撮って，数タップすれば，インターネットに情報をアップできるようになったのです．インターネットでのコミュニケーションは，どんどん情報の簡略化，もしくは，情報を圧縮する方向に進んでいると言えるでしょう．

　このようにインターネットは誰もが情報を受け取ることができて，発信できる場です．このことを最も体験しているのは，Twitter，Instagramなどのソーシャル・ネットワーク・サービス（SNS）です．SNSには個人的な出来事が多くあげられています．それらは多くの人にとってはどうでもいいものかもしれませんが，その出来事をインターネットにあげた人にとって，そして，その周りの人にとっては大切な情報なのです．このような多く人にとってはどうでもよくて，新聞やテレビといったマスメディアでは伝えられない情報がインターネットで共有されていくのは，「知識と情報の共有」というインターネットの理念から考えると起こって当然のことなのです．その結果として，私たちはTwitterやInstagramで誰かにとっての重要な出来事や美しい風景を知り，そこから影響を受けるというようなことが起こっているのです．

　しかし，誰もが簡単に情報を公開できるために，インターネットでは誹謗中傷が起こったり，「フェイクニュース」が蔓延したりしていることにも目を向けなければなりません．インターネットはどんな情報でも共有できる仕組みであるため，その情報が嘘なのか本当なのかは一見するとわかりません．嘘の情報でも，あっという間に拡散していき，大きな影響力を持ちます．その結果，情報が客観的事実に基づいているかは関係なく，自分の感情に訴えるものを信じる「ポスト・トゥルース（ポスト真実）」という言葉も生まれました．また，フェイクニュースには広告が埋め込まれたものもあり，クリックすることで，発信者に収入が入るようになっているものもあります．フェイクニュースに騙されないようにするためにはどうしたらいいのでしょうか．『「ポスト真実」の時代』には，できる限りニュースの元になっている「一次資料」を自分で見て，聞いて，考えるようにするとともに，新聞やテレビなどの時間をかけて情報の真偽を検証作業をしている情報に当たることも大切です，と書かれています（津田大介・日比嘉高　2017，No.1064/3024）．しかし，新聞やテレビにも間違いがあることは忘れてはいけません．

　フェイクニュースは単に「悪いもの」ではなく，インターネットの性質からすると，いつでもどこでも起こりうることだと考える必要があります．私たちは，インターネットという誰もが自由に情報や知識を交換できる場をつくり出しましたが，そこで何をしていくべきなのかは，まだよくわかっていない手探りな状態です．「インターネット」という自らがつくり出した自由に情報や知識を共有できる場で，私たちはどのように振る舞うべきなのかが試されているのかもしれません．例えば，「レポートのコピペ」という大学生であるみなさんにとって身近な問題を考えてみるとどうでしょうか．「レポートのコピペ」は技術的には知識を自由に，しかも，簡単に共有していることになります．2,000文字のレポートを手書きで書き写すのは大変ですが，パソコンやスマートフォンでは「コピー」と「ペースト」というふたつの行為で簡単にできてしまいます．「レポートのコピペ」は技術的には起こって当然のことですが，インターネットの理念的には正しくありません．なぜなら，インターネットが前提としている知識の共有では，単に自分が欲しい情報を得るだけではなく，自分からも情報を発信すること，さらには，よりよい知識を生み出すことが期待されているからです．インターネットを利用する私たちは情報を右から左にコピーするのではなく，その情報が事実に基づいたものなのかを確認し，さらに自分の考えをしっかりと付け加えて，あたらしい価値を持った情報や知識を生み出していかなければならないのです．だから，みなさんにはインターネットを利用する一人の人間として，大学での学びのなかであらたな価値を持った知識や情報をつくり，積極的に共有していって欲しいのです．そうすることで，インターネットは今よりも健全な知識や情報の共有の場となっていくはずなのです．

参考文献

村井純『インターネット』，岩波書店，1995．

津田大介・日比嘉高『「ポスト真実」の時代「信じたいウソ」が「事実」に勝る世界をどう生き抜くか」．祥伝社，2017，Kindle版．

【実践編】

課題1：インターネット以前・以後を考える

　インターネット以前に情報の共有を担っていたのは新聞や雑誌といった紙媒体，ラジオやテレビといった電波を使った媒体，そして，音楽や映像はレコードやCD，DVDといった「円盤」でした．もちろん，インターネット以後の現在においても，これらの媒体が担っている重要性は変わりません．しかし，インターネットという誰もが情報を共有できるインフラストラクチャーが出来上がった後では，これらの媒体や業界のあり方は変わらざるを得ない状況になっています．そこで，新聞や雑誌，ラジオ，テレビといったマスメディア，音楽や映画の業界がインターネット以前・以後でどのように変化しているのかを，ひとつの媒体・業界を選んで考えてみましょう．この問いでは，インターネットが急速に一般化していった「1995年」をインターネットの以前・以後を分ける年にします．

調査する媒体・業界を選ぶ

選んだ媒体・業界で，インターネット以後を象徴的に示す出来事やサービスを見つける

見つけた出来事やサービスから媒体・業界におけるインターネット以前・以後の変化を考える

課題2：検索結果を比較する

　インターネットでは検索や購買記録の傾向から，あなたにぴったりの検索結果やお勧めをしてきます．インターネットは使えば使うだけ，あなたに必要なものだけを届けてくれるようになります．このようなパーソナライズ技術を便利と思うか，気持ち悪いと思うかはあなた次第ですが，いずれにしても，インターネットを使っていると，自分の興味のあった情報しか目にしなくなる「フィルターバブル」のなかに閉じ込めれるようになっていきます．この課題ではウェブサービスごとに集まっている情報が異なることを体験して，その結果から「フィルターバブル」について考えてみましょう．

Google，Twitter，Instagram，Tumblr，Instagramなどから，少なくとも3つ以上のサービスを選ぶ

​​領域名：インターネット

​​タイトル：共有のためのインフラストラクチャー

​​執筆者：水野勝仁

​​【理論編】

​​あらゆる情報を共有していく

​​インターネットに試される私たち

​​【実践編】

​​課題1：インターネット以前・以後を考える

​​課題2：検索結果を比較する