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インターフェイス
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サーフェイス
建築夜学校「建築のインターフェイス」
自己紹介
水野勝仁.1977年生まれ.甲南女子大学文学部メディア表現学科准教授.「ヒトとコンピュータの共進化」 という観点からインターフェイス研究と「物理空間と仮想空間との重なり合い」という観点からのメディアアート研究とのあいだを行き来している.
インターフェイス
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サーフェイス 発表ノート
モノとディスプレイとの重なり
サーフェイスから透かし見る
インターフェイスを読む
1963年のアイバン・サザランドの「スケッチパッド」からGoogleのマテリアルデザインまでの代表的な「インターフェイス」を読み解く連載
最小化するヒトの行為とあらたな手
スケッチパッドで「合生」される世界
GUIが折り重ねる「イメージの操作/シンボルの生成」
インターフェイスからサーフェイスへ — スキューモーフィズム再考
場に顕れるソフトウェア、隠れるオブジェクト
(テキストの後の〔〕のなかの数字は上の連載の回へのリンクです)
発表の流れ
インターフェイスで向かい合っていた二つのオブジェクトが,表裏一体になってサーフェイスになる.「表」と「裏」となっているが,それは一つのオブジェクトになっている.
そして,サーフェイスが別のサーフェイスと向かい合って,再びインターフェイスになっていく.
インターフェイスとは?
インターフェイスは,コンピュータが登場することによって生まれた概念である.逆に言えば,コンピュータの登場以前に今日のようなインターフェイスの概念はなかった.
カメラのシャッターボタンはシャッターボタン,ピアノの鍵盤は鍵盤であり,そこにカメラやピアノのインターフェイスという概念はなかった.
数や記号によって表記される情報を素材とするコンピュータを物理的な身体がリアルタイムに,すなわちインタラクティブに操作しようとする
ことで,はじめてユーザーインターフェイスとそのデザインが生まれ,そこから時代を遡るように,カメラやピアノのインターフェイスという概念も顕在化した.すると今度は逆に,そのインターフェイスが新たなインタラクションの場をつくり出す.インターフェイスとインタラクションは,相互にフィードバック・ループを形成している.p.258
久保田晃弘「ポスト人間中心時代のインターフェイス」 , 遙かなる他者のためのデザイン ─久保田晃弘の思索と実装
椅子やハンマーといったプリミティブな道具ではそのもの全体が利用者との接点になるが,
構造が複雑になり内部の機構と外装が分離して,操作部が独立して設計されるようになると,そこにユーザーインターフェースという概念が出現する.
抽象物を成分とするソフトウェアにおいては,その働きと我々のファジーな認知を仲介するものとして,ユーザーインターフェースの役割が特に重要になる.
コンピュータを使えば人の五感に向けたフィードバックを動的に作り出すことができるので,ユーザーインターフェースの独立性は一層増す.
道具の内部機構に対してユーザーインターフェースが独立するということは,意味空間を自由に作れるということである.
上野学「エントロピーとデザイン」
ヒトはコンピュータに「手」を委譲して,自らの手の行為を「ボタンを押す」という行為に最小化した
.ヒトの行為の最小化にともない,物理世界でヒトによって引き起こされてきた出来事は数値化され,コンピュータに格納されていった.ヒトは出来事をボタンで呼び出す.ヒトから「手」を委譲されたコンピュータは,数に神秘を感じることなく,かつてヒトの手が起こしていた出来事を処理し続ける.
〔1〕
〔3〕
デスクトップメタファー
言語学者のジョージ・レイコフと哲学者のマーク・ジョンソンは,メタファーが身体経験に基づくイメージ・スキーマに基づいているという「認知意味論」を提唱した.
認知意味論はメタファーが単に状態が似ているものを結びつけるのではなく,ヒトの身体経験に深く根ざしていると指摘して,メタファーの考え方を大きく変えた.
認知意味論に基づいてデスクトップメタファーを考えてみると,コンピュータの論理空間を単に馴染み深いオフィス空間に置き換えて,コンピュータにはじめて触れるユーザの理解を促したというものではなくなってくる.
デスクトップメタファーは,何よりもまず物理世界由来の身体感覚やイメージ・スキーマを,コンピュータの論理空間と直結するディスプレイのXYグリッドに導入したもの
なのである.
〔4〕
スキューモーフィズム
Alan Klim, Radio app UI - flat / skeuomorphism
だんだんとスクリーンの中と外の境界が曖昧になってきていると思います.また,
「触れる」という身体的な行為がプロダクトやスクリーンと非常に密接になってきた
ので,スクリーン上のオブジェクトの質感をどうデザインするかというのが,より重要になってきていると思いますね.
2012年頃までは,Apple製品を中心に,スクリーン上のボタンにリアルな影をつけたり,カレンダーアプリでリアルな紙をめくるような描写をしたりするスキューモーフィズムのデザインが特徴的でした.スクリーンの中の仮想的な世界にあるUIの「見え」を,より現実のモノっぽく描写し,操作のヒントとなる比喩・メタファーとして機能させていくことが有効な手段だったんです.
だた,だんだんとスマートフォンの小さなスクリーンの中にそういったリアルっぽい絵で満たされたごつい世界が構築されている状態がしんどくなってきたんでしょうかね.スクリーンの中に仮想的な別世界があるのではなく,プロダクトの表皮の延長としてスクリーンがあり,それは
物理的な表皮とは違った「アップデート可能な表皮」
であるとする,という捉え方が浸透した結果,現在のような,いわゆる「フラットデザイン」のスタイルが主流になってきたのだと思います.
中村勇吾「動きから「質感」を生み出すUIデザイン」,UI GRAPHICS
―世界の成功事例から学ぶ、スマホ以降のインターフェイスデザイン
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インターフェイスとは?
デスクトップメタファー
スキューモーフィズム